レンタルしてみた映画の感想『ムーンライト』

『ムーンライト』のレンタルが開始されていたので、借りて見た。映画館で見たかったけれど、時間がないまま上映が終わってしまっていたのだ。とても良かった。だけど感想を言葉にするのは難しい。作品を見た後に強烈な印象が残りながらも、それを言葉で表すことが出来ない、難しいと感じる時、それが本当に良いもの(少なくとも自分にとっては)を見たなと思う。この言葉にできなさというか文章にできない感じというのはつまり一つの筋道だった考えや意見、言説といったものにそれをまとめる事が出来ない、というのが理由かと思う。なので、場面場面、その時その時に思ったことや感じたことを箇条書きにして書き出すことは可能なはずだ。まずそのようにしてからなら、それらの感想や意見の中から、あるまとまりや流れを作り出し、ちゃんとした感想文を作ることも出来るのだろう。まとまりなく部分部分について感想を言ったりするのは文章では難しくても会話では案外簡単なので「ここがああだったね~」「この場面が良かったね~」など話しながら楽しむ事ができる。「○○について誰かと語り合いたい」と思ったりするのはだからそういう事なのだろう。


シャロン役の人が年代ごとに3人出てきて、それぞれはそんなに似てないと思うけど、横を向いて少し俯いた表情とかを見た時に、あ、確かにシャロンだ。と思える。大人になって見違えるほどたくましくなったシャロンはドラッグの売人になっていて、凄まじい変貌だけどどこかですごく納得できる。その彼が涙を流したり、ケヴィンに会いに行った時の不安や緊張をこちらもドキドキしながら見た。かれが自分に触れてくれたのはケヴィンだけだということを言った時、誰にもわかってもらえない自身のことを、それでもこの人になら理解してもらえるかもしれないという期待のその壊れやすさというのか繊細さと言えばいいのか、この屈強な男「タフな男」になった、刑務所に入り自分をぜろからつくりなおしたシャロンという男の中にそれでも一貫して残り続ける感情のことを思うと胸が痛む。フアンとシャロンの出会いの場面で、レンズの反射のような、場面とカメラの間にとうめいのふぃるたーがあるような画面、その後フアンが手下の売人とあって、シャロンの母親と口論になる場面でもそれがあったし、この前見た『密使と番人』の森の中太陽の照り返しの強烈な場面でも一瞬ちらりとこのレンズだかフィルターだかが映り込む一瞬があったと記憶している。これってなんか意味ありげで何なんだろう。テレサがすごいナイスバディで彼女が出て来るたびそればかり気になる。たまに人物の台詞だけがその映像と同期しなくなって台詞が続き母親やケヴィンの動作がそれとズレるところ、ふっと現実が遠くなるような感覚、同じような経験があるわけではないけど、何となくわかる感じ。

大人になったシャロンが売人になっていて、それは残念なことではあるけど、ともかく彼なりに生きていく方法を見つけなければならず、こうなる他なかった現実を形はどうあれ生き延びていたことがわかった時、ホッとしたというか良かったと思ったのだけど、その一方で売る人間がいれば買う人間がいて、ドラッグによって大切な人が死んだり、崩壊する家庭があって、そちらの当事者にしてみれば売人など死んだほうがマシだという事。幼少期のシャロンがフアンに、母がドラックをやっている事、フアンが売人であることを確認し、そこを無言で出て行き、その時のフアンの表情、それをシャロンが繰り返していることを考えると、良かったとは言えないわけで、良かったけれど良くないという両方の感情を同時に感じる、この問題の複雑さ。