本を作って1冊も売れないという事

ふと、何か本を作ってそれを即売会(コミケとか文学フリマとかzineのイベントとか)で販売する事を想像した。駅に向かう道の途中、交差点で信号待ちをしているときに。そのすぐ後で頭に浮かんだのは、一人でイベントに参加して7時間ぐらい椅子に座り続けた挙句、1冊も本が売れず、目の前のテーブルに積み重なった自分の本を眺めながら、泣き出しそうになるのをこらえている自分の姿。

何人かの人は本を手に取ってくれた。表紙を眺めただけで、テーブルに戻してしまった人や、パラパラと眺めた後で、微笑みなのか苦笑いなのかちょっと判別が難しい表情をして立ち去った人。隣のブースにはどこかの大学の人たち。準備の時に「よろしくお願いします」と声をかけられたのだけど、とっさのことでうまく言葉が出ず「あっ、へえ」と返事なのかため息の一種なのかと言うような半端な反応になってしまい、それきり一言も会話を交わしていない。話し始めたりするタイミングを逃してしまった。彼らはすでに何度も参加しているのか、留守番を交代しながら出かけて行ったり、どこからか知り合いを連れてきて互いに挨拶を交わしたりしていた。周囲の会話は、ホール全体を覆って反響し合う様々なサウンドと溶け合って、どこか遠くで響いているようで、私の周りだけ音のない真空地帯のようになっていると、その時は感じられたのだった。大勢の人たちが目の前を通り過ぎて行くのを、ぼんやりと眺めた。ふと、これらのイベントにただの来場者としてやってきて、ブースの間を歩き回っていた時の事を思い出した。そうだった、私もこんな風に、椅子に座って待機の時間を過ごす人たちの前を何度も素通りした。今更、彼ら彼女らの作品を手にとって読んでみたい気持ちになる。そして、声をかけるのだ「これ1冊ください」。それだけで良い。

朝、会場に持ってきた分とちょうど同じだけの本をキャリーバッグに詰めなおす。私はこの本たちに対して悪い事をした、かわいそうな事をした、という気持ちになるのだが、その一方でこの本たちのほうこそが、私に対してかわいそうという気持ちを抱いてくれないものか、慰めてくれないだろうかと期待してもいた。

そんな事を想像していたのだけれど、実際のところどうなのだろうか。ああいうところに参加した人たちは例えば、誰も買ってくれる人がいなかったりしても、隣のブースの人とちょこっと交流がてら作った本を交換したりだとかするものなのだろうか。もしかしたら即売会のイベントに参加して1冊も売れないというような事は、ざらにあることだったりするのかもしれない。みんな通ってきた道というか。