9月9日の日記か

部屋から外に出る。13時前。今日は天気が良くて、明るい日差しが目に飛び込んで来ると、パッと気分が晴れる。


部屋から出てどこかに行く事ができる、というだけで少し達成感がある。

今日は図書館に、本のない図書館に行こうと思う。芸大附属図書館が引越しのため、今までの図書館から本が無くなり、空っぽの図書館でいくつかのイベントが開催されるとの事。


マウント・キンビーの新譜はだいぶロックっぽいなと思いながら、電車で移動。電車のように直線的なつくりの音楽。引き続き音楽を聴きながら本を読み、ふと顔を上げると小さい女の子が座席に膝立ちになって外の景色を見ているのが目に入る。そして先ほどこの音楽をロックっぽいと思ったのは全く見当違いなような気がして、それでも彼らは、自分たちでキーボードを叩いたりして演奏するということを大事にしているのだろうと考えた。山手線に乗り換えると、音楽はナット・キング・コール。この状況に似合っているとは言い難いけど。

博物館の深海展は90分待ち、看板を手にした人を見かけた。上野公園を抜けて、おそらく学生であろう人たちが雑貨やアクセサリーを販売する出店の間を抜けて、人がいっぱいでなかなかその場所を抜けられず、「なんてこった、いつまでたっても芸大にたどり着かない」

その後無事大学に着き、図書館に入った。新図書館に所蔵されず、処分する本を3冊、寄付金と引き換えに持って帰れる企画や、いくつかのサウンドインスタレーション、アートブックの展示。それらが2階で行われていた。お腹が空いて、人の多さに緊張もしたけれど、ビールを1杯飲んで少し落ち着く。

敷地内をフラフラし、絵画棟に入り、ぼんやりと絵を見て回る。展示がされている各教室の天井はどこも数台の扇風機が設置されている。そこら中に絵の具が付いた床。掃除用具にも絵の具が点々と付いて、白っぽく水に濡れたようになっていた。階段を登る。特に絵を見たいと思っていたわけではなく、ただなんとなく入ったものの、途中で引き返すのももったいなくて、結局それぞれのフロアを少しずつ眺めながら、7階か8階まであったと思う、そこまで登って行った。日本画の人たちの作品は素人目にも綺麗で素朴に楽しめる。学年が上がるごとに、それぞれの絵の色調が、ある同一の落ち着きや静けさを伴ったものになってゆくように見えたのは、私の思い込みだろうか。それはある意味では日本画的な美しさとも見え、また同時に彼らの可能性の行き詰まりのようにも見えた。一方油彩には、ただ綺麗に描くだけという事が許されないかのような難しさがある。油彩画の抱えるコンプレックス。日本においてはそのコンプレックスにさらにツイストが加わり、なんとも言えない息苦しさを持つ。学生たちは毎日ここで絵を描いているのだろうか。勝手に他人の仕事場を探検しているような気分で、壁に設置されたネームプレートや実験排水用と書かれた流し台を、また窓から見える他の建物を眺めて過ごした。高校の制服を着た女の子が母親と腕を組んで絵を見てまわっていた。そんな親子を何人も見かけた。屋上に上がる扉には立ち入り禁止の張り紙がなかった。せめて鍵がかかっているかどうかだけでも確かめておけばよかったと今思う。

それから夜は映画を鑑賞し、その後日比谷公園オクトーバーフェストでビールを1杯だけ飲んだ。噴水広場にテントが張られ、そこで歌と踊り、酔っ払いたちのご機嫌な大騒ぎだった。オクトーバーフェスト参加者たちは誰も彼も笑顔で、酒は体には悪いがそれでも尚いくらか良いところはある。