マディソンスクエアパークあたり

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フラットアイアンビルディング、そしてマディソンスクエアパーク、パークの向こう側にはメットライフタワーがある。写真家アルフレッド・スティーグリッツはマンハッタン5番街にギャラリーを持ち、住んでいたところもその付近だったのか、不勉強のため知らないが、この辺りを歩いたりしていたのだろう。1900年代初めごろのこと。

スティーグリッツの撮影したフラットアイアンビルの写真がある。

Alfred Stieglitz | The Flatiron | The Met


そしてスティーグリッツの発行した写真誌「Camera Work」などでともに活動した、エドワード・スタイケン。彼もスティーグリッツとほとんど同じ位置からフラットアイアンビルを撮影している。

Edward J. Steichen | The Flatiron | The Met


フラットアイアンビルの真下は「Windy Corner」と呼ばれていたようだ。今もそう呼ばれているだろうか、わからない。エドワード・ペンフィールドによる、浮世絵チックなリトグラフ
絵の右に見えるカフェのようなスペースがフラットアイアンビルの一部分のようだ。そしてその奥、木々の生えている所がマディソン・スクエア・パーク、画面中心に銅像が見える。William H. Sewardという人物のようだ。実物の銅像は椅子に座っているのだが、どうもこちらでは立っているように見える。まあそれはどうでもよい。そして画面左端に見えるビル。このビルは何という名前なのだろうか。

スティーグリッツが1911年に撮影したらしい「Two Towers」のビル。

右のビルはどうやらメトロポリタン生命保険の通称「メットライフ・タワー」のようだ。高さは213メートル。1909年竣工のこのビルは、1913年にウールワースビルが完成するまで世界一高いビルだった。スティーグリッツがフラットアイアンビルを撮影した1903年にはまだ存在しなかったメットライフタワー。スティーグリッツはどんどん高く、巨大になってゆくニューヨークを撮影した。そしてそれらのビル群や建設中の建物を撮影し、その作品に「City of Ambition」とか「Old and New New York」といった名前をつけたのだった。

http://www.boweryboyshistory.com/wp-content/uploads/2009/02/metro-life-tower-shorpy.jpg

さて、メットライフタワー建設中の写真だ。これでもう1つのタワーとの位置関係がよりわかるようになった。マディソンスクエアパークの東側にメットライフタワー、そして少し離れた北東の方角にそのタワーがある。遠くにあるのか、それとも思っていたほど大きくは無いのか。

http://68.media.tumblr.com/tumblr_m1adcmCeFq1roep5no1_1280.jpg
ここまでやってきた。マディソンスクエアパークの北東、現在のニューヨークライフビルのところ。建物に「GARDEN」という文字が見える。

http://68.media.tumblr.com/tumblr_m1ad8wx7uG1roep5no1_1280.jpg

そしてスティーグリッツはこの辺り、マディソンアヴェニュー沿いで「Two Towers」を撮影した。

Madison Square Garden (1890) - Wikipedia
名前のわからなかった建物は、当時のマディソンスクエアガーデンだった。何度も場所を変え立て替えられ、現在もその名前の残っているアリーナ。その2番目のものが1890年から1925年までこの場所に存在した。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/8f/Madison_square_new_york_1908.jpg

1908年のマディソンスクエアパーク付近のパノラマ写真。公園の正面には銅像。右側にフラットアイアンビルがあり、奥にはマディソンスクエアガーデン。まだメットライフタワーは存在しない。フラットアイアンビルの下は強い風が吹いているはずだ。バスや馬車が通り、人々は自由に道路を横断している。画面左へ伸びてゆく広い通りが5番街。この道を画面の外まで歩いていくとスティーグリッツのギャラリー「291」があるはずだ。