6.29

思えば昔から作文は苦手だった。
言葉で説明できないのは考えていないからだと言う意見があるけど、そうではないと思う。楽譜も書けず、楽器も弾けないのに、それでも音楽を思い浮かべることのできる人のいるように。でもそれは漠然としすぎて、本当に音楽と言えるものではないかもしれない。それと同じことが思考の場合にもあって、書くことも話すこともできないのに、考えが「言葉」の形で浮かぶ。でもその言葉は思考の一部、小さな断片で、それを集めても不完全な文章にしかならなくて。きちんと書き方、あるいは記譜法を学び訓練すれば、いずれは統一の取れた形を作り上げることできるようになるのだろう。

かけるようになることの利点は、続きから始めることができるようになること。頭の中だけで交響曲を完成させられる人は、いたとしてもごく僅かで、普通の人はみんな書き継ぐことで、続きから、続きからと書き足し書き進め、思考だけではたどり着けないところへ。ここで考えが途切れた。言いたいことはわかっているつもりなのに、この文章につないでいく方法がわからない。
とにかく言葉には、常に言葉以外のものを表現する役割を負わされていて、それは音を絵で表したりするようなもので、似ていたとしても違うもの、大半の場合それは似ても似つかないものになるしかない。

世界は数学でできていると言った人がいたと思うが、言葉、あるいは文学でできているものは一つもなく、それは全て偽物、あるいは失敗。失敗であるからこそ、あらゆる可能性に開かれている。

ブログを始めるにあたって内心心がけていたこと。クソ恥ずかしいポエムを書かないと言うこと


書き直したいけれど、このブログのルールとして推敲しないということに決めた以上、このままにするしかない。恥ずかしいからアップしないという手もあるけど、多分それを許すと最終的に何もアップしない、つまりブログは辞めるということになるのだろう。今のところそうしたくはない。