6.28

本の感想を。
今村夏子『星の子』。今までの作品『こちらあみ子』や『あひる』を読んだときのような不穏な印象が、この小説ではあまり感じられず。不穏さというより不気味さ、かな。いややっぱり不穏さのほうがいいか。痛ましさというか。書かれている内容は、両親が信仰している新興宗教のことやクラスメイトたちのこと。それを大人になった「わたし」が回想している形なのだと思う。仮に友達でないただのクラスメイトの視点から「わたし」であるところの「ちひろ」を見たなら、親が怪しい宗教にのめりこんでいて、エドワード・ファーロングに夢中で、その俳優に似ている(とちひろが思っている)先生の似顔絵ばかり描いている子、という事になる、のか。両親は公園でお互いの頭に載せたタオルに水を掛け合っている。それなりに痛々しい。そしてその痛々しさとか不器用さには『こちらあみ子』の「あみ子」に対して感じた痛ましさと通じるところがあるように思う。だけど実際この小説を読んでいるとき、そういう風には感じなかった。もっと何というか普通だ、と思う。別にそんなにおかしくはない、そんな人も中にはいるよ、という感じだ。それはこの小説はちひろの視点から書かれていて、読者もその視点から出来事をみるから、なのだろう、だろうか。そしてその事が、隠された異質さを見出すのではなく、異質さの側から物事を見る視点にこのお話が立っているという事が良かったと、思う。今までの作品の方が切れ味するどく、心がえぐられるような感覚があって、どちらが好きかといえばそちらの方が好きなのだけど。だけどそれは誰かをちょっと傷つけもするのだ、誰だか知らないけど、多分。そんな人を傷つけうる作品ではなく、その人のそばに寄り添うような作品を作ろうと、思ったかどうか知らないけれど、そう思ったのだとしたら、その優しさが良いなと思った。

 


目も当てられないくらいひどい文章になってしまった。感想文未満というかなんというか。次はもうちょとましになるようがんばろう。頭に濡れタオル載せたら良いだろうか。